「のんちゃんは、鳥のように歌う。」

自分100%を生きる、そんな願いを込めたブログ。

~のんちゃんが、鹿児島に描く未来。~

こんにちは、のんちゃんです。

久々の投稿になります。

今日この瞬間、のんちゃんが鹿児島に描いている未来の話を簡単に書きます。

全部詳細を書きたいぐらいですが、今回は概略的にまとめながら書きます。

(あと、どんな位置にのんちゃんが立って未来を描いているのかも書きました。)

 

まずは、

【のんちゃんが今後やりたいと思っていること】

・鹿児島に航空会社を作る

大隅半島を世界的に環境先進地域にする

・県内に鹿児島大学のサテライトキャンパスを作る

・騎射場に本屋さんを作る

 

現在進行中で、南大隅で最先端田舎塾という企画も進めている。

実際のDOのところではざっとこんなところかな

この過程でさらにやってみたいことはいろいろあるけれど、

その詳細はまたの機会に譲りたいと思う。

 

そして、DOの先にあるBEの目指したいところも書いてみる。

【こんな鹿児島になったらいいな】

・人口減少社会日本において、未来を創造する先進地域であること

・他地域に依存せず、必要なものは自身で賄う持続可能地域であること

・鹿児島に暮らす人たちが、心穏やかに生きられること

 

うまく伝わるかわからないけれど、

のんちゃんはこんな未来を鹿児島に描いていて、

頭の中ではいろんな構想が日々グルングルンしている。

 

そんなの無理だろって思うことばっかりかもしれない。

でも、のんちゃんの感覚では、

全部実現するような気しかしていないのが正直なところだ。

 

ちょうど昨日の話、

「身の程で生きることを身に付けないと生き地獄」

「身の程で生きることが幸せだ」

そんな趣旨のTwitterの投稿が流れてきた。

果たしてそうだろうか。

 

もちろん前提として生き方は人それぞれ。

だからその生き方を否定するつもりはさらさらない。

だけど、のんちゃんはそんな生き方をしようとは思わない。

いいんじゃないかな、身の程知らずだって。

もちろん、

真摯な努力はあって然るべきだと思うけど、

その時は背伸びをした夢であろうと、

途方もない夢であろうと、

本心からの願いと喜びがある夢ならば、

たとえ人から指を差され笑われたって、

ありのままに夢を描けばいいと思う。

なぜ身の程という言葉で自分の可能性を決めつけてしまうのか。

可能性はいつだって無限大、そう信じていたい。

 

これも最近聞いたことだが、

世の摂理として「情報がないところに、物理はやってこない」そうだ。

聞いてまさにその通りだと思った。

夢を描き、あとは信じて進むのみ。

そんな位置にのんちゃんは立っているのかな、と思う。

 

なんだか書き足りないような気もするけれど、

ここまで記して終わります。

 

最後にお知らせです。

自分の講演会を自分で企画するということしています。

のんちゃんが「人生の過去と今と未来」を語る会facebookページ)

今回記事にした未来についてもより詳しく話す予定です。

 

本当はこの記事を書き始めたとき、

少し告知を意識して違うタイトルで書き始めたのだけれど、

やっぱり途中で言葉に詰まってきて最初から書き直しました。

結局は、書きたいことを書きたい言葉で書きたいだけ書いていたら、

のんちゃんのことも知ってもらえるだろうし、

巡り巡って告知したいという思いも満たされるだろうと思うので、

今までこのブログで大切にしてきたことを大切にして更新していきます。

 

でも、気がかりに思うのが、

最近思考に言葉が追い付いていない感覚があって、

読みにくくて伝わらない文章なのでは、ということ。

今日の記事もいささか不安があるのですが、

大切にしたいことを大切にしながら表現する、

ということも練習あるのみだと思うので、

しばらく更新を続けていくことを意識していこうと思います。

 

なんだか最後も長くなりました。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。